ホテルの部屋に対戦相手、西武の選手のビデオが積み上げられた。「見とけ」。指示を受けた選手は一睡もできなかった。1993年の日本シリーズ。ヤクルト野村克也監督の愛(まな)弟子、古田敦也捕手は「苦しくて、ここまでせなアカンのかと思った」

▼論理とデータ重視のID野球で知られる野村さんが、84歳で亡くなった。激務の捕手で戦後初の三冠王を獲得し、通算本塁打、安打、打点はすべて歴代2位。監督としても4球団で指揮を執り、リーグ優勝5回、日本一3回の名将だった

▼「負けに不思議の負けなし」。敗戦には理由がある。だから相手を徹底的に分析する。選手のプレー一つに「その意図は? 根拠は?」と聞いた

▼弱小ヤクルトの選手は「何言ってるんだ」が出発点。「待てよ」に変わり、教えがノートを埋め尽くすころ「なるほど」に至った。93年に西武を倒し、ID野球の価値を証明した

▼現役時、パリーグの試合はテレビで放送されない。自身を日の当たらない「月見草」に例えた。監督ではぼやきが有名に。「三流は無視、二流は称賛、一流は非難」。言葉の裏で、選手マネジメントを考え抜いた

▼妻の沙知代さん死去に「野球で常に最悪の状況を想定しろと言ってきたのに、先立つ想定をしてなかった」と泣いた。死因は愛妻と同じ虚血性心不全。月見草の花言葉は、無私の愛。(吉田央)